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祈りの風景 祈りの風景

第八回 仏縁 -ぶつえん-

湯通堂 法姫

 友人から、高野山でダライ・ラマ法王の食事係を手伝わないかと誘われたのは、秋も深まった頃であった。彼女が嫁いだ家は、高野山真言宗の敬虔な信者で、ダライ・ラマ法王とも格別に深い関わりを持つ家であった。その縁で、彼女は以前にも法王の食事係を務めた経験があった。
 彼女の料理の腕には定評がある。法王の食事は、ヨーロッパスタイルの朝食と麺類などを主食とする昼食の二食にじきが基本で、それ以外は、夕方に焼菓子と紅茶のティータイムがある程度の非常に簡素なものであるから、料理人は一人で充分にこと足りる。私は、彼女が作った食事を運ぶ手伝いをするだけで良いという。私は気軽に引き受けた。

   高野山は、弘仁七(816)年、弘法大師空海が嵯峨天皇より下賜されて開創した、日本密教の根本道場である。空海は標高約900メートルの八つの峰に囲まれたこの地を修禅の道場としたいと願い、自らも永遠にこの地に留まって、衆生済度することを誓った。
 天長九(832)年、高野山で修された万燈会まんどうえの願文には、
   虎空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願いも尽きん。
という空海の言葉が遺されている。それは一切衆生を救済し尽くさぬ限り、涅槃に入ることはないという法身大日如来の本誓を自らの誓願としたものであった。
 大乗仏教には「無住所涅槃むじゅうしょねはん」という言葉がある。生死しょうじのみならず、涅槃にも執着することなく、ひたすら衆生済度を本願とする仏としての行を意味する言葉である。悟りの境地を得たにもかかわらず、涅槃に入ることなく、衆生済度の誓願を遂げるため、再び生死の世界に顕れた仏を如来と呼ぶ。
 無明むみょうの衆生を憐れんだ仏の慈悲が形となって顕れたものが観世音菩薩である。チベット密教の最高指導者であるダライ・ラマは、この観世音菩薩の化身けしんであるといわれている。

 九世紀初頭、空海が唐の青龍寺・恵果和尚の正統な後継者として認められ、日本に請来した密教は、善無畏と不空という二人のインド僧によって中国に伝えられたものであった。空海は、二人の伝訳した『大日経』と『金剛頂経』を根本経典とし、この三国伝来の思想に、さらに多角的な分析を加え、高度な哲学的体系を持つ日本密教を確立した。
 一方、八世紀中葉、仏難を逃れたインド僧達によってもたらされたサンスクリット経典から、自国の文字を生み出したとされるチベット密教は、タントラ仏教とも呼ばれ、インドの後期密教のオリジナルな形を継承すると考えられている。
 この二つの国に伝えられた密教は、成立した年代も歴史的変遷も異なるが、同じく『初会金剛頂経』を所依の経典とする。
 日本における密教学研究の最高学府である高野山大学の創立125周年記念事業として、日本密教の聖地・高野山にチベット密教の最高指導者ダライ・ラマ十四世を招いて、金剛界灌頂が開檀されたのは、今年の11月のことである。日本密教史上、画期的な出来事ともいえるこの灌頂を受ける為に、日本のみならず世界の各地から八百人以上の受者が高野山に参集した。
 得度の後、四度加行しどけぎょうという約百日に及ぶ修行を成満じょうまんした者にのみ入檀が許される日本の灌頂に対し、チベットの灌頂は、密教を学ぶ為の入門段階に位置する。灌頂を受けて初めて、密教を学ぶ資格を与えられるという。
 灌頂とは、古代インドの王位継承儀式で行われた即位灌頂に基づくといわれる密教儀礼である。阿闍梨あじゃりは、受者の頭頂に如来の五智を象徴する聖水を灌ぎ、曼荼羅の諸仏によって加持された水を飲ませる。受者は両手に印を結び、口に真言を唱え、深い瞑想の中で心を整え、仏と融合し、仏の職位を授けられる。灌頂によって仏の職位を受けた者達は、一様に仏としての義務を負うことになる。それは、生涯にわたって仏法に帰依し、生きとし生けるもの全ての幸せの為に祈り続けるという義務である。

 金剛界灌頂の大阿闍梨として来日したダライ・ラマ十四世の高野山滞在は五日間であった。二日間を通して行われる灌頂と、その前後に企画された科学者との対話や説法会など、法王のスケジュールは過密を極めていた。食事係を仰せつかった友人は、高齢の法王の為に、体調の管理と疲労回復に配慮した特別なメニューを用意した。
 法王の一日は長い瞑想と祈りから始まる。その日の灌頂や説法会の為に、心身を清め、仏を勧請し、自らも仏と成る瞑想である。多少の前後はあるものの、朝食を摂るのは午前4時から5時頃であった。私達は、あらかじめ友人が調理した食事を一時間ほど前に法王の宿舎である寺に運び、随行のチベット僧の指示をうけながら、その日の食事の時刻に合わせて温めなおし、給仕の準備をした。
 食器を温める為に、熱い湯を入れた鍋に皿やカップを入れた時、私は、その器の全てが真新しいことに気付いた。聞けば、この食器も食材も、数日間の法王の食事の為に、幾人もの人々が探し求め、布施したものであるという。
 その時に初めて、私は自分に与えられた役割の重さを理解した。私が運ぶ膳の上には、顔も名も知らぬ多くの人々の喜捨がこめられている。私は単に食事を運ぶのではなく、この人々の帰依の心を運ぶのだと思い至った時、この貴い役割を与えられた幸いと有難さに 胸が熱くなった。
 食事が始まると私達は水屋に控えて待機する。法王滞在の5日間は、高野山の初冬とは思えぬ、驚くほどに暖かい毎日であった。それでも夜明け前の寺の冷え込みは厳しい。寒さを凌ぐために湯を沸かし、法王の出流れの紅茶を頂きながら、膳を下げる指示を待つことにした。
 法王と近侍の僧の為に大きなティーポットいっぱいの茶を入れた後でも、良質の紅茶は、その香気と味わいを失ってはいない。ゆっくりと茶葉を蒸らし、人数分のカップに茶を注ぎながら、私は一瞬、めくるめくような感覚に見舞われた。
 生れた時も場所も生い立ちも異なる人々が、遠い国から訪れた高僧の食事の世話をする為に集い、この聖なる山の奥まった寺の一室で、こうして一服の茶を分け合っている。この不思議な廻り合わせを仏縁といわずして何といおうか。

   輪廻転生りんねてんしょうことわりによるならば、すべての生き物が過去世の業と因縁とを背負って今生を生きる。幾度もの生死を繰り返す輪廻の中で、人間に生まれることは決して偶然ではなく、生も死も出逢いも別れも、すべては遠い過去世に定められた必然である。
 いつの日か、それぞれの人生の折々の時に、この朝の光景を思い出すことだろう。芳しい紅茶の香りと掌の温もりの記憶の中で、多くの人の貴い喜捨を捧げる役目を担ったことの誇りは、訪れる様々な苦しみを受け容れ、悲しみを乗り越える勇気を、与えてくれるに違いない。
 観世音菩薩の化身と呼ばれる人の慈悲深く無邪気で気高い眼差しと、寺の回廊で仰いだ早朝の白い月の清らかさは、千二百年の昔、永遠の衆生済度を誓ってこの山に身を留めた人の祈りとともに、私の心に深く宿っている。



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