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祈りの風景 祈りの風景

第十二回 恩愛 -おんあい-

湯通堂 法姫

 釈尊の十大弟子の一人で神通第一と称された目連は、ある時、亡き父母の恩に報いたいと思い、天眼力を以って六道を探したところ、餓鬼道に堕ち、痩せ衰えて飢えに苦しむ母の姿を見出した。驚き悲しんだ目連は、神通力で鉢に飯を盛って手向けようとしたが、飯は母の口に入る直前に火を吹き、炭に変わってしまい、どうしても食すことができない。
 目連は悲号啼泣し、釈尊に救いを乞うた。釈尊は、汝の母の罪は重く、汝一人の力では到底、母を救うことは叶わぬであろう。また天地の神や外道道士、四天王の力を 以ってしても救い得ない。しかし十方の衆僧の威神力を集めれば、母を解脱に導くことができるであろうと答え、具体的な救済の方法を告げた。
 夏安居げあんごの最終日(自恣日じしちにち)である七月十五日に、七世の父母から現在の父母に至るまで厄難中者の為に百味、五果、浄水をそなえ、十方の大徳、衆僧には香油、燭台、敷物、寝具などを捧げ、世の甘美を尽くして供養すれば、その功徳は飢餓道に墜ちた精霊達にも及ぼされ、汝の母も救われるであろう。
 釈尊の教えに従って供養したところ、目連の母はたちまちに飢餓の苦しみから離れ、解脱を得たという。目連は深く感謝し、我が母が衆僧の威神力を以って三宝の功徳を蒙ったように、もし未来の一切の仏弟子が、同じく盂蘭盆を奉じれば、父母から七世に至るまでの祖先を救済することができるや否やと問うた。釈尊は、良き問いであると悦び、次の如く教説した。
   仏弟子にして孝順なる者は、まさに念念の中に常に父母をおもい、七世の父母まで供養すべし。
  年年七月十五日、常に孝順の慈を以って、所生の父母を憶い、盂蘭盆を用いて仏と僧に施し、
  父母の長義慈愛の恩に報いるべし。

 これは『仏説盂蘭盆経ぶっせつうらぼんきょう』に説かれる物語である。西晋の竺法護じくほうご(二三九-三一六)訳と伝えられる『仏説盂蘭盆経』は、『父母恩重教ぶもおんじゅうきょう』などと同じく、儒教の倫理観である孝養の徳を説くことから、いわゆる偽経ぎきょう(中国で成立した経典)であるとされている。  この経典を拠り所とする盂蘭盆会うらぼんえは、中国の思想文化の伝播と共にアジア諸国に伝えられ、それぞれの国で独自の発展を遂げた。  中国では、旧暦七月十五日に灯籠に火を点じ、供物を捧げて祖霊を祭る中元節の習わしと結びつき、国の上下を超えて広く普及した。『仏祖統紀』には、大同四(五三八)年、梁の武帝が同泰寺に於いて盂蘭盆斎を設けたと記されている。また宋代には、庶民達が郊外の墓所に集って一族の祖霊を祭った様子などを記した書物が残されている。
 我が国における初出は『日本書紀』推古天皇十四(六〇六)年四月条に「初めて四月八日(灌仏会)と七月十五日(盂蘭盆会)の斎を設ける」との記録があり、また斉明天皇五(六五九)年七月庚寅(十五日)の京内の諸寺で盂蘭盆経を講じることを命じる詣勅にみられるように、最も早く受容された仏教行事であったと考えられる。
 やがて、日本古来の魂祭たままつりの伝統と習合することで祖霊追善の仏事となった。鎌倉期には無縁の死者を供養する施餓鬼会を併せ行うようになったといわれ、江戸時代以降、貴族や武家階級から一般庶民に至るまで広く浸透し、日本の夏の歳時記の中に今日まで受け継がれている。

 目蓮の救母物語には外伝がある。善良に生き、我が子を愛し慈しみ、悪事ひとつ手を染めることのなかった目連の母が、何故に死後、悪趣に墜ち、如何なる罪によって餓鬼道の苦しみを味わわねばならなかったのか。
 それは慳貪けんどんの罪によるという。ある暑い夏の日、軒先に立って一杯の水を乞う老人に、母は水を施さなかった。家の水瓶には水が満たされていたが、それは幼い息子に飲ませる為に汲んでおいた大切な水であった。母は息子への愛情は深かったものの、見知らぬ老人の渇きを思いやる慈悲を持ち合わせず、一杯の水を惜しんだ為に、死後、餓鬼道に墜ちたという。  仏教において、愛と慈悲は異なる性格を持つ。愛は特定の誰かを幸せにしたいと思う心であり、慈悲は不特定多数の人の幸せを願う心である。慈悲は利他行の基本であり、アビダルマ教学では、慈(慈しみ、相手に楽を与えたいと願うこと)、悲(憐れみ、相手の苦しみを除きたいと願うこと)、喜(随喜、他者の幸せを共に喜ぶこと)、捨(好き嫌いによって差別しないこと)の四つの心の状態に分類して、慈悲の性質を説明する「四無量心」を説く。
 自分以外の誰かのことを深く思いやり、いとおしむ愛という感情は、時として執着に変わるものとして、仏教では戒められる。愛着を執着ではなく慈悲に転じようとするのが仏教の教えである。愛する者と喜び悲しみを分かち合いたいと願い(同時同悲)、愛しい人の苦しみを取り除き、幸せを与えたいと思う(抜苦与楽)心は、慈悲の根源である。特定の対象を愛する気持ちを知らずして、一切衆生への愛着は生じ得ない。親を慕うように、子を慈しむように、夫を妻を恋人を愛するように、生きとし生けるものすべてを憐れみ、好悪親怨の情をこえて見知らぬ人の幸せを共に喜ぶ境地に到る時、愛は慈悲へと昇華する。

 悟りを得た後も涅槃に入ることなく、一切衆生を救済し尽くさぬ限り休息しないという如来の誓願は、仏の衆生への愛着によって生じる。この衆生済度へのあくなき執着こそ、仏が本来的に備えた「如来の大悲」と呼ばれるものである。
 万物は因と縁とによって生じるという因縁生いんねんしょうによるならば、今生に人としての生命を与えられたことは決して偶然ではない。生まれかわり死にかわる輪廻の中で、人は量り知れぬ仏の慈悲と衆生の恩徳を蒙って生まれ、父母の慈愛に護られて育つ。生も死も出逢いも別れも、この三世を超えた深い恩愛の中にあるのだ。
 亡き人を偲ぶ盂蘭盆が過ぎ、夏と秋の狭間に鳴くひぐらしの声を聞く夕暮れ時など、人の世に生まれた有難さと、愛し愛されることの歓び哀しみを想わずにはいられない。



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