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祈りの風景 祈りの風景

第二十二回 生老病死

湯通堂 法姫

 若い歌舞伎役者の妻の死が報じられたのは、梅雨のさなかの蒸し暑い日の午後であった。夫が記者会見で、妻の深刻な病状を公表したのは、ちょうど一年前のことで、その後、彼女は公式ブログを開設し、闘病生活や家族との日常を飾らない言葉でつづり続けた。がんのステージや抗がん剤の副作用と正面から向き合いながら、家族と共に前向きに生きる姿勢が、同じ病と闘う人々ばかりでなく、多くの日本人に勇気と感動を与えた。
 昼と夜の舞台の合間に、妻の死を公表した夫は、臨終の様子と共に、闘病中の彼女が、最も苦しい立場にありながら、看病してくれる家族や周囲の様々な人を思い遣り、気遣い続けたと、妻への尊敬の念を込めて語った。死の前日に更新された最後のメッセージは、ブログを通して彼女を見守り応援し続けた多くの人々への感謝と幸せを祈る言葉で締めくくられていた。
 苦しみや死への恐怖と向き合った時、人はそのことの意味を求め反芻する。何故に苦しまねばならぬのか。何故に死ぬのか。何故に生まれてきたのか。
 若くして夫や幼子と別れねばならぬ無念は筆舌に尽くし難いものであったろう。絶望的な苦悩の果てに、彼女は「この世界に生きてるって本当に素晴らしいと、感じる」境地に到達する。自らの不幸な運命を嘆くのではなく、希望と覚悟をもって残された時間を生き抜くことで、病も死も人生の彩りに昇華させたのであろうか。

 生命ある者は悉く、老い、病み、死ぬという宿命を背負っている。生まれてきたが故に負うこの苦しみからの解脱こそが、釈尊の求道の出発点であり、仏教の起源でもあった。生老病死という四つの苦しみを負って生きる私達は、人生の過程で、さらに四つの苦しみと対峙する。それは愛する者と別れねばならぬ苦しみ(愛別離苦)、憎み合う者同士が会わねばならぬ苦しみ(怨憎会苦)、求めても得られぬ苦しみ(求不得苦)、いずれは滅ぶこの肉体を持って生きるが故の苦しみ(五蘊盛苦)である。人生の本質は苦であるということを自らの命題として受け容れ、この逃れ難い真実の中から生きることの意味を見出そうとするのが仏教である。
  『マハーパリニッヴァーナ経』には、齢八十に達した釈尊の、人生の最後の旅路が記されている。ごく僅かな弟子を伴って王舎城を出た釈尊は、途中の町や村で説法しつつ故郷を目指す。自灯明、法灯明の教えも、この旅の途上で説かれたものである。
  ヴェーサーリーの町のチャーパーラ霊樹の下で、釈尊は侍者アーナンダに語りかける。
  「アーナンダよ。今生は美しい。人生は甘美なものである。」
  シャキャ族の王子という栄華を約束された身に生まれながら、様々な苦に直面して深く悩み、世俗の一切を捨てて出家した釈尊は、六年に及ぶ修行を経て、人生の本質は苦であり、すべての苦しみは自分の心から生じるものであるという覚りを得る。苦難に満ちた人生の果てに、今生との告別の時に、この世界は美しく人生は愛しいものだと説かれた釈尊の言葉は、この世に生命を与えられたすべての者への讃嘆として心に響く。
 
  生まれかわり死にかわる生命の営みの中で、人の身を享け、仏法に出逢ったこの人生は、前世の善業によってもたらされた得難き幸いである。老も病も死も、かけがえのない人生の一部であると知った時、この世界は美しく輝く。
  老人にも若者にも、富める人にも貧しき者にも、死は平等に訪れる。人生の残余を意識した時、生はかつてない明澄な姿をもって現れる。誰もがいつの日か、愛しい者達と別れ、今生を去らねばならない。それは遠い未来かもしれないし、明日の出来事かもしれない。
  いつか訪れるその日まで、心を尽くし、大切に、歳を重ねてゆきたいと思う。この同じ空の下、共に生きることを許されたすべての生命の恩恵に感謝しながら。





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