諸の弟子らに語(つ)ぐ。
およそ出家修道はもと仏果を期す。
あにいわんや人間(じんかん)少々の果をや。

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お大師様のことば お大師様のことば

お大師様のことば(六十三)

大正大学名誉教授・種智院大学客員教授
智山専修学院長・東京成就院長老
福田 亮成



 このことは、大同元年十月廿二日奉進した『御請来目録』の「謹んで判官六位上行大宰の大監高階真人遠成に附して奉表以聞す。ならびに請来新訳の経等の目録一巻を且つもって奉進す」と呼応します。現在、この『御請来目録』には、伝教大師最澄の丹誠な写しを見ることができます。文字の配置など、おそらくお大師さまの提出されたものにそったものであろうと想像されます。伝教大師という方の真摯しんしな姿勢を思い合掌するのみです。
 さて、次につづく文章に「今上(嵯峨天皇)、歴をぎょ して(天下を治めて)恩草木にあまねく、勑あって進ずるところの経、仏等を返したまい、兼ねて宣ずるに真言(密教)を伝授せよということをもってす」とあります。どうやら請来された目録と共に経論等も奉進したようで、それが返却されたわけであります。
 素朴に思います。いったい請来された文物は、どのぐらいの量であったのでしょうか。マンダラ図も法具も入っていたのでしょうから。それらは、長安からさらに越州において補充されたものの一覧が『御請来目録』に整理されて、「今、具に長安城の中において写し復る所の経論疏凡そ三百余軸、及び大悲胎蔵・金剛界等の大曼茶羅の尊容、力を くし財を くしてもとめ逐って図面せり」とありますものが、その実体でありましょう。中国大陸から海路日本へ、博多から京都へ、と、輸送された経論疏・法具・マンダラ図を合わすと、どれほどの分量になり、どこに保管されたのか。その中から伝教大師の借覧要請にどのように対応したのか、すこぶる興味がわきます。



六大新報 第四三四〇号 掲載



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