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お大師様のことば お大師様のことば

お大師様のことば(四十五)

大正大学名誉教授・種智院大学客員教授
文学博士・東京成就院長老
福田 亮成



 怒涛どとうにもまれること三十四日間、航海というより漂流であったろう、やっとの思いで福州長渓県の赤岸鎮せきがんちんに、遣唐使船というより難破船の様子で漂着した船を地方の役人がいぶかったのは当然であったにちがいありません。大使の藤原葛野麿かどのまろ(賀能)は、すぐさまに文書を州の長官に送ったものの黙殺されてしまいます。そして、船は封鎖され、乗員はすべて浜辺にとらえられてしまいます。思い余った大使は、「切愁せつしゅうの今なり。抑々そもそも、大徳は筆の主なり。書を呈せよ」とお大師さまに呼びかけられ、なったのが「大使福州の観察使に与ふるが為の書」であり、掲げました文章は、その中の一文であります。友人の中国人研究者は、中国人でこれほど素晴らしく、見事な文章は書くことができないと称讃を惜しみません。文章家としてのお大師さまの最高の傑作ということができましょう。

 私などは、小さな文章を書くのにも辞典を手離すことができないのですが、おそらく資料も辞典も手元にない状況のなかで、よくもこのような文章が書かれたものだと、ただ驚嘆するのみです。入矢義高先生は、『求道と悦楽』におきまして、「中国人の一般的な考え方として、詩にせよ文にせよ、その作品としての完成度は、その作者の人間としての成熟度と常に相即する」とありましたが、まさしくお大師さまは、この文章から素晴らしい人物という評価を獲得したにちがいありません。

 掲げました文章の説明は必要としませんが、昨今の中国と日本とのぎくしゃくした関係にかんがみて、お大師さまが言い放った一言いちごんと、とってみることにいたしましょう。



六大新報 第四二九三号 掲載



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