諸の弟子らに語(つ)ぐ。
およそ出家修道はもと仏果を期す。
あにいわんや人間(じんかん)少々の果をや。

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お大師様のことば お大師様のことば

お大師様のことば(七十二)

大正大学名誉教授・種智院大学客員教授
智山専修学院長・東京成就院長老
福田 亮成



 この文章の次下に、次のような文が続きます。「病人もし医人をののしり、方薬を信ぜず、妙薬を服せずんば、病疾何によってか除くことを得んや」と続きます。私は実際にこのような状態の病人を身近かに観察することがありました。見ている当方が息苦しいものでありました。その病人は何より医師を信頼していません。つれて看護師の云うことも聞きません。家から来ている奥さん、嫁さんとおぼしき人も、ただただそばにいるだけでおろおろしているだけで、ただ病人一人だけがたけりくるっている様子。この人、病気をえて入院し、その治療を受けようとしているはずです。しかし、まったく自分の病気と対峙できていないのです。
 この人、聞くところによりますと、若い時代の仕事を自己の努力で立ち上げ、刻苦精励して成功をおさめた方ということでありました。しかし、この人の苦労は肝心なところで少しも生かされていないということではないでしょうか。
 私は考えます。人間というもの努力したことの証明は、世間的な成功ということも考えられますが、病気をえてベッドに入った時、今迄にかかわりをもった多くの人びとに対して感謝の気持ちが自然とにじみでて、医師に、看護師に、そして家族に対し、いかに広く感謝の気持ちをむけることができるか、どうかにかかわるのではと思います。かなわぬ病気であったとしても、その病気と対決し、たちむかう心組みができてはじめて、自分が自分に感謝の気持がおこってくるのではないでしょうか。
 人間観察の鋭いお大師さまの言葉として、注意して受けとってゆきたいところです。



六大新報 第四三六二号 掲載



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