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水面の月 水面の月

第一回 シャネルの香り

清風学園 専務理事
平岡 宏一

 日本人は、とかく臭いに敏感な国民のようだ。店先には消臭剤が並び、中年の男性は加齢臭なる言葉に恐れをなしている。しかし、その割に、香水はあまり普及していない。
 私は、ある時からシャネルの男性用コロンを愛用している。つい最近、知り合いの女性に、貴方のその香りは何かと聞かれた。シャネルと答えるのが気恥ずかしくて、長い言い訳をしたら、とても良い話だから書いてみないかと勧められた。そこで至極私事ではあるが、臆面もなく書かせていただくことにした。

  シャネルは2009年8月、インドの亡命チベット寺院、ギュメを訪問した際、同行したSさんに勧められたものだ。
 ギュメはダライラマの宗派であるゲルク派の密教の総本山で、日本なら高野山や比叡山に当たる本山である。Sさん73歳。ある有名企業の名誉会長で、この年ダライラマ法王の指名で就任したギュメの副管長ターシ・ツェリン師とちょうど同じ年齢だった。
 日本では70代の管長猊下は当たり前であるが、多数の経典を暗記し、説法する義務を伴うギュメの副管長に70代で就任するという例は今までにはない。特に、20年に亘り先進国のオーストラリアに滞在して布教生活を続け、オーストラリア国籍まで持つに到ったターシ・ツェリン師が、水道も冷暖房も無いインドの果てに所在するギュメの副管長を引き受けたことは、無謀にも思われ、如何なる理由で引き受けたのか、私には興味があった。

 はたしてこの疑問を解く機会は、ギュメ滞在の最終日に訪れた。ターシ・ツェリン師のお部屋を表敬訪問した我々の突然の質問に、師は穏やかな微笑を浮かべながら、こうお答えになった。
 「私は73歳だが、法王は私より上の75歳である。75歳の法王がチベットと大乗仏教を守るために世界中駆け回り、たいへんなご苦労をなさっている時に、自分が高齢という理由で悠々自適の生活を送ることは出来ない。オーストラリアの弟子達は私の身を案じて、ギュメ副管長の就任を辞退するように勧めたが、私には少しの迷いもなかった。近代社会の贅沢な生活に馴れた私の身体が、もし不幸にして任期途中で朽ち果てることになっても後悔はない。たとえここで死ぬことになろうともかまわない。それはそれで本望だ。覚悟は出来ている。」
 私は師の心意気にたいへん感動した。それはSさんも同様のようであった。ターシ・ツェリン師の部屋を辞して廊下へ出たその時に、Sさんがつぶやくように仰った。
 「たいへん立派なお覚悟でございます。わたくしなど、遠く足元にも及ぶことが出来ません。」
 会社だけでなく、日本社会の中でもたいへんな権勢を誇っておられるSさんが、同い年の副管長の覚悟に打たれて、素直に脱帽された姿勢に、私は強く心を揺さぶられた。

 シャネルの香りは、あの時の師の気高い覚悟とSさんの清々しい言葉を思いおこさせる。私とて、師にはとても及ばないが、Sさんのように振る舞える謙虚さを是非とも身に付けたいと思う。せめて勧められたコロンを着けてあやかりたいと考えた次第である。



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