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水面の月 水面の月

第四回 希望

清風学園 専務理事
平岡 宏一

 この度の東北関東大震災では数多くの尊い命が失われた。被災地の悲惨な状況は大変深刻で、物資は勿論、ライフラインの復旧もままならない状況である。また福島原子力発電所の状況は、今も予断を許さない事態に至っている。逝去された方々の冥福をお祈りするとともに、一日も早い復興を祈念する。
 さて、今回の未曾有の状況下で我々を勇気付けてくれたのは、取り乱すことなく助け合い、秩序ある対応をしている日本人の姿であった。アメリカのCNNは「被災した住民達は冷静で、自助努力と他者との調和を保ちながら、礼儀をも守っている」と報告し、商店略奪行為について「そんな動きはショックを受けるほど皆無だ」と述べている。このように海外でも高い評価を得た。
 今回、被災地の方々のご苦労は想像を絶するものと思うが、そんな中で、命をかけて原発事故の最前線に立つ自衛隊員や消防団員、避難のしんがりを務めた警察官、昼夜問わず診療を続ける医療関係者、被災者であるにもかかわらず、安否不明者の情報を現地で探し、伝え続ける方や、無料で自転車修理を続ける自転車屋さんなど、心を打つ報道が続いている。
 かつてダライラマ法王が来日された時、「親が子供を殺し、子供が親を殺すこの国をどう思いますか」との質問に対して、「親が子供を慈しみ、子供が親を大切にしている家庭の方がこの国には圧倒的に多い。平和の秩序が保たれている日本は、慈愛と親切心が勝利している国だ」とおっしゃったと聞いたことがある。その言葉を彷彿とさせる数々の出来事が、我々に本当に勇気を与えてくれている。
 「ジェーン」という、世界中で支援活動を行う国際協力NGOがある。以前、この団体の事務局長の木山啓子さんにお話を伺う機会があった。木山さんは、世界各国での支援活動中に、平時には他人に無関心なはずの人々が、手に入れた食物を全く見知らぬ他人と分かち合っている姿に何度も出会ったそうだ。「世界中どこへ行っても、戦争で家族も財産もすべて失った人が再び立ち上がるきっかけになるのは、他人の役に立つことができると実感できた時です。すべてを失った時にその人に生きる力を与えるもの、それは利他の行為だと確信しました。」と木山さんはおっしゃっていた。今回の震災でも、津波に溺れそうになった時、13歳と10歳の娘のことを考えて「私が死ぬわけには行かない」と考え、生きるために泥水を何リットルも飲んで生命を繋いだ父親の記事があったが、人間の極限状態で出てくるのは、エゴではなく、むしろ“他者のために”という利他の心であり、それが生きる力となるのだろう。
 報道の有り様も震災をきっかけに変わってきているように思う。これまでは日本の問題点ばかりが報道されてきたが、この震災での報道では、このような“いい話”を積極的に報道しようとする姿勢がうかがえる。
 かつて、私の師匠のロサン=ガンワン先生の最期の折、主な弟子達を集めて自分の葬儀の仕方など遺言をした後、「釈尊の比丘としての誇りを持って死にたい」として、袈裟を着けて泰然自若として遷化された。この立派な最期に接して、私のような者でさえも学ぶことがあり、自分も斯くありたいと感じた。このような師匠の最期を見届けた弟子と、貴方の師匠はつまらない人だったと聞かされてばかりの弟子とでは、仏法への姿勢自体が大きく変わるだろうと感じたものである。
 つねづね、日本の悪い点、人間の至らない面ばかりを報道するマスコミの姿勢に疑問を感じ、こんな話ばかり聴かされていては、健全で立派な若者が育つのは難しいのではと思っていた。実際、教育現場でもそうだが、悪い点、至らない点ばかり指摘しているだけでは、生徒は卑屈になるばかりで成長はしないのを見ているからである。しかし、震災以降、人々に生きる希望を与えようとのことか、積極的に人間の良い面を報道する立場は評価できる。私の学校でも、生徒は級友のした立派な行いの話を聴いて初めて、「自分もそうありたい」と思って希望が出て、元気になり、幸せになることができるのである。
 昨年来日された、ロサン・デレ先生が「難波へ何度も散歩に行ったが、チベット僧の僧衣を見て指を指して笑い物にする者は一人も居なかった。商店や駅で困っていたら、老若男女問わず、誰もが親切に力になってくれた。ヨーロッパや北米、シンガポールや韓国など、数多くの国を訪れたが、こんな国は一つもない。日本は素晴らしい国だ」とおっしゃっていた。
 かつて幕末に来日したアメリカのペリー提督は、「日本人は学問及び一般知識においても、決して、そのしとやかな態度や優しい気質に劣っていなかった」「日本という素晴らしい国が、東洋において最も重要な国になると問題なく予言できる」と述べているが、今日の日本人もその素養を受け継いでいるといえるのではないか。今こそ、日本人の持つ我慢強さや礼儀正しさ、実直さなどの素晴らしさが真価を発揮する時だ。
 仏教では随喜という言葉がある。これは他人の行った善行を、貶したりせず、素直に賞賛することで、他者が積んだ善業と同様の徳を瞬時に積むことが出来るという意味である。人間の持つ素晴らしさに随喜する精神こそが、国を復興していく原動力になるのではないだろうか。
 大震災は日本全体に大きな試練をもたらしたが、その中で偶然にも浮き彫りになった日本人の本性ともいうべきものは、日頃喧伝されていたものとは違う素晴らしいものであった。ずっと昔に失ったと思っていた日本人の良き素養が、実は知らず知らずのうちに我々の心の中に脈々と受け継がれていたということに、私たちは気づかされた。大変な試練だが、日本の国は未来に希望を持って臨むことが出来るに違いない。希望の中にこそ、人は幸福を見出すことができるのだから。



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